コラム

森鴎外の遺言書

森鴎外の遺言書は、3通が公になっています。
次は、森鴎外が日露戦争に軍医として従軍する直前になされた遺言公正証書

遺言 (1)

遺言証正式謄本(第四万五百八十六号)
大日本帝国公証人中沢文治ハ法律上享有シタル権能二依り明治二十七年二月二十二日本職役場ニ於テ証人岡田和一郎同上田敏及山田元彦ノ立会ヲ以テ遺言者森林太郎ノ為シタル口述ヲ筆記スルコト左ノ如シ

予ハ予ノ死後遺ス所ノ財産ヲ両半ニ平分シ左ノ弐条件ヲ附シテ壱半ヲ予ノ相続者予ノ長男森於菟ニ与ヘ壱半ヲ予ノ母森みねニ与フベシ
予ノ祖母森きよノ生活費予ノ妻森しけガ生家荒木氏ニ復籍シ若クハ他家ニ再嫁スルニ至ルマデノ生活費予ノ弟潤三郎ガ他家ニ養ハレ若クハ自活ノ方法成立スルニ至ルマデノ生活費及教育費予ノ長女茉莉ガ他家ニ嫁スルニ至ルマデノ生活費及教育費並他家ニ嫁スル時ノ支度費ハ予ノ死後森於菟ガ予ノ与フル所ノ財産及其利子ノ壱部ヲ以テ負担スヘキコト是ヲ条件ノ壱トス
予若シ森於菟ガ未ダ丁年ニ達セザル時ニ死セバ森於菟ノ財産ハ森しけヲシテ管理セシメズ予ノ弟森篤次郎及予ノ妹小金井キミヲシテ管理セシムルコト是ヲ条件ノ弐トス
右第参号ノ条件ハ予ヲシテ此遺言ヲ為サシムル動機ノ存スル所ナルガ故ニ予ハ茲ニ右条件ノ已ム可カラザル所以ヲ特ニ言明ス即チ森しけガ森於菟ト同居年ヲ踰エナガラ正当ナル理由ナクシテ絶テ之ト言ヲ交ヘズ既ニシテ又正当ナル理由ナクシテ森みね及森潤三郎ト同居ヲ継続スルコトヲ拒ミ右参人ニ対シテ悪意ヲ挟ミ到底予ノ遺族ノ安危ヲ託スルニ由ナキコト是ナリ
予若シ森於菟ガ未ダ丁年ニ達セザル時ニ死シテ予ノ遺族恩賜金ヲ受ケ若クハ寡婦孤児扶助料ヲ受クルトキハ縦令其恩賜若クハ扶助ハ森しけノ名ヲ以テセラレンモ予ハ右第参号ノ管理者ヲシテ之ヲ管理セシメ以テ予ノ遺族全体ノ安全ヲ謀ランコトヲ欲ス
此遺言証書ハ予ノ母森みねヲシテ管理セシム
此遺言ノ執行ハ冨塚玖馬氏及予ノ妹婿小金井良精ニ委任ス

右遺言者及証人二読聞セタル処一同其正確ナルコトヲ承認シ各自左ニ署名捺印シタリ

東京府武蔵国東京市本郷区駒込千駄木町二十一番地士族官吏
遺言者森 林太郎
東京府武蔵国東京市麹町区三番町三十一番地寄留愛媛県平民医師
証人岡田 和一郎
四十一年
東京府武蔵国東京市本郷区駒込西片町十番地にノ四十二号寄留静岡県士族教授
証人上田 敏
四十一年
立会人山田元彦ハ此証書ノ適法ニ作成セラレタルモノナルコトヲ承認シ署名捺印スルモノナリ
東京府武蔵国東京市四谷区塩町二丁目二番地寄留高知県士族無業
立会人山田 元彦
五十二年
 明治三十七年二月二十二日
此遺言証書ハ東京府武蔵国東京市日本橋区蠣殻町一丁目三番地本職役場ニ於テ民法第千六十九条ノ方式ニ従ヒ本職之ヲ作成シタルモノナルコトフ確証スル為メ本職左ニ署名捺印スルモノナリ
 明治三十七年二月二十二日
東京府武蔵国東京市日本橋区蠣殻町一丁目三番地住居
公証人中沢 文治
森林太郎岡田和一郎上田敏ハ嘗テ本職ニ於テ面識アルモノナリ
此正式謄本ハ遺言者森林太郎ノ請求ニ依リ同人ニ附与スル為メ明治三十七年二月二十二日東京府武蔵国東京市日本橋区蠣殻町一丁目三番地本職役場ニ於テ之ノ作リ原本ト対照シ相違スルコトナキヲ確証ス仍テ本職ハ森林太郎外二名卜共ニ左ニ署名捺印スルモノナリ
東京区裁判所管内東京府武蔵国東京市日本橋区蠣殻町一丁目三番地住居
公証人中沢 文治 [印]
森 林太郎 [印]
岡田和一郎 [印]
上田  敏 [印]


以上のように、森鴎外は明治37年日露戦争に従軍する直前に遺言書を作成しましたがその後に母親の死亡などがあり、大正7年に次の遺言がされています。

遺言 (2)

予ハ明治三十七年従軍セシ時遺言ヲ作リシニ其後家族ニ生歿アリテ事情一変セリ故ニ更ニ遺言スルコト下ノ如シ

一、
有価証券並預金現金ハ小金井喜美、森(分家)潤三郎ニ与フル各千円計弐千円ヲ控除シ残余ヲ二分シ半ハ於菟ニ与ヘ半ハ更ニ三分シテ茉莉、杏奴、類ニ平等ニ与フ
二、
本郷ノ地所家屋ハ東半部強ヲ於菟ニ西半部弱(賀古鶴所ヨリ買取リシ地所並之ニ属スル家屋)ヲ類ニ与フ
三、
日在ノ夷隅川岸ノ地所家屋ハ志げニ与フ
四、
日在ノ御門停車場脇ノ地所ハ於菟ニ与フ
五、
家財(伝家ノ物品、恩賜ノ物品及一切ノ書籍ヲ除ク)ハ荒木博臣遺物並新年賀式用器具一揃ヲ志げニ与ヘ残余中ヨリ於菟ヲシテ志げ、喜美、潤三郎ト協議シ親戚故旧ニ贈ルベキ遺物ヲ選定セシメ其残余ハ於菟、類ヲシテ適宜ニ之ヲ分タシム
六、
遺著ヨリ生ズル収入ハ於菟、茉莉、杏奴、類ニ平等ニ分チ与フ於菟ハ志げ、喜美ト協議シ其取扱方法ヲ定ムベシ
七、
系譜記録類、伝家ノ物品、恩賜ノ物品及一切ノ書籍ノ事ハ別ニ之ヲ定ム
八、
遺言ノ執行ニハ賀古鶴所ノ立会ヲ求ム
大正七年三月十三日
森 林太郎


次は、森鴎外の亡くなる直前の遺言です。
本来の遺言は死後の「法律関係」を定めるものですが、この遺言は栄典の辞退や墓の文字など財産上の法律関係以外のことについて述べています。
遺言 (3)

余ハ少年ノ時ヨリ老死ニ至ルマデ一切秘密無ク交際シタル友ハ賀古鶴所君ナリ
コヽニ死ニ臨ンテ賀古君ノ一筆ヲ煩ハス
死ハ一切ヲ打チ切ル重大事件ナリ
奈何ナル官憲威力ト雖此ニ反抗スル事ヲ得スト信ス
余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス
宮内省陸軍皆縁故アレドモ生死別ルヽ瞬間アラユル外形的取扱ヒヲ辞ス
森林太郎トシテ死セントス
墓ハ森林太郎墓ノ外一字モホル可ラス
書ハ中村不折ニ依託シ
宮内省陸軍ノ栄典ハ絶対ニ取リヤメヲ請フ
手続ハソレゾレアルベシ
コレ唯一ノ友人ニ云ヒ残スモノニシテ何人ノ容喙ヲモ許サス
  大正十一年七月六日
           森林太郎 言 [拇印]
           賀古鶴所 書